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リーダーは、頑張りすぎるな。~「カン違いの自己犠牲」は組織の成長を阻害する~

(2026.08.18)
◆リーダーの自己犠牲に潜むリスク
「あとは俺がやるから、早く帰れ」
私は組織の長になった当初、よくこんな風に部下に声をかけていた。後期には、さすがに毎日遅くまで残業を続けるのが辛くなり、あまり居残らずに仕事は持ち帰り、休日に家でこなすようにした(これが肥大して、結果的に“休日ゼロ”となってしまったのだが…)。
「そりゃ1人で抱えすぎだよ」
それを知った先輩には言われた。だが小所帯の現場には、部下に教えて任せられるまで気長に育てる、なんて余裕はまるでない。あるレベル以上は手本を示して何度やらせても、修正作業に膨大な時間を取られるばかり。なら初めから自分でやった方が早い。そう考えるほかなかった、勤め人時代の悲しい経験である。
ところが、近著「マネジメントの原点:協働するチームを作るためのたった1つの原則」(東洋経済新報社)で、(株)シナモン他の連続起業家として知られる著者の堀田創さんは、そんな甘い考えを一刀両断にする。「リーダーが1人でやってしまう」ことを「自己犠牲」と定義した上で、こう断じるのだ。

◆負の自己犠牲スパイラル◆
*リーダー1人が頑張る<自己犠牲>で、短期的には成果が上がるように見える。
*だが、その陰では<部下の成長機会喪失><合意形成の形骸化>が進展していく。
*最終的には<リーダー自身が燃え尽き>てしまい、<負の自己犠牲スパイラル>に陥る。
いや~なるほど、と筆者は上記の経験に照らして膝を打った(引用は本書記述の趣意から筆者が再構成している。以下同じ)。ではリーダーが「すべての責任と仕事」を抱え込むと、なんでそうなってしまうのか? 堀田さんはこんな風に書く。
◆リーダーの自己犠牲が思考停止・組織停滞に◆
*部下は「最終的にはリーダーが帳尻を合わせてくれる」と学習し、依存が習慣化する。
*部下は自分の判断や成果へのオーナーシップ(自分ごととして主体的に取り組む姿勢)、
当事者意識を失っていく。挑戦よりも依存と回避を選び、「指示待ち族」化してしまうのだ。
*本来はチーム全員に分散されるべき責任が、リーダーの1点に集中する。
*リーダーも疲弊してチーム全体が思考停止に陥り、組織活動が停滞してしまう。
「ヒーロー(気取り)的自己犠牲は……」と堀田さんは続ける。「(結果的に)チーム全体の責任感を壊す、リスク行動にほかならない」。それでは逆効果の「カン違い」になってしまう。
認めよう。確かに当時の筆者は「今は誰も見てなくても、俺の苦労をいつか・誰かが分かってくれるさ」なんていう投げやりな諦念の中にも、小さじ少々のヒロイズムを混入させていたかも知れない。ただし付け加えると、後年の独立後、「見てないはずなのに・分かってくれていた誰か」が実際に多数出現し、寄る辺ない私を支えてくれるようになった(感謝しかない)。見てなかったような後輩たちも、引継ぎに時間を取る中で何とか私のやり方を理解し、事業を継続してくれている。負のスパイラルに陥らなかったのは、ほんとにラッキーなことだった。
◆自己犠牲は「合意形成」の重荷の「回避行動」
ここで堀田さんはもう一段、話を掘り下げる。そもそもなぜ、リーダーは自己犠牲に走りがちなのか? そこには頑張りすぎリーダーを身震いさせる、苦い分析と回避への提言があった。
◆リーダーの自己犠牲が思考停止・組織停滞に◆
*リーダーは「みんなを楽にするために」と思っていても、過度な献身・自己犠牲的スタイルの
根底には、「自分だけが苦労すれば、物事が円滑に回る」という思考停止が潜む。
*その裏側には、「1人で頑張るほうが衝突や時間のかかる合意形成を省けて、楽だ」との
安直な判断、「衝突面倒な/面倒な対話を回避しようとする自己防衛意識」がある。
*自分が「人徳あるリーダーだと思われたい」という承認欲求が潜んでいることもある。
*自己犠牲は、(1)他者に成長と判断の機会を与えない「教育責任」の放棄、(2)仕組みの改善を止め、問題を構造化しない「管理責任」の放棄で、チームの停滞を静かに固定化させる。
*「リーダーにお任せ」姿勢の浸透は、部下の権限意識(エンパワーメント)を下げ、チーム
全体の健全な合意形成と責任共有を阻み、現場の貴重な声やアイデアの封殺につながる。
*本来、チーム全体で乗り越えるべき課題や個々の成長機会を先送りにしてしまう。
確かに、何かの問題に解決策を見いだそうという時、時間をかけて協議し、反発する小うるさいメンバーを説得し、合意形成を目指すプロセスは面倒で、ストレスフルである。だから避けよう、となる気持ちは私にも、手に取るように分かる。「それくらいなら自分1人で抱え込んだ方がマシだ」、という甘く黒い誘惑にかられるリーダーの皆さんもあることだろう。
だが、それは結局、本来はリーダーが直面しなければならない面倒からの、『逃げ』なのだ。短期的にはうまく行っても、長期的には結果・責任の所在の曖昧さが混乱を生むことになる。では、この「自己犠牲の暗黒サイクル」から脱却する方途は? 堀田さんはこんな風にまとめる。
◆悪循環の回避策は「合意形成の仕組み化」◆
*1人で頑張る「自己犠牲」に逃げるのではなく、リーダー自身もチームの一員として、
全員が自分の役割を認識し合い、「責任」をチームで分散する仕組みを持った組織に。
*「メンバー1人ひとりが主体として自分の役割を担い、共に考え、共に成長できるように
サポートする」ことがリーダーシップの在り方。
*真のエンパワーメントは、「最終説明責任は私が担うが、プロセスと判断の責任はあなたが
持つ」と責任の領域を具体的に分解して分担し、共有することから生まれる。
*リーダーが部下とともにリスクを「適切に分担」する「健全な合意形成」を達成できるかどう
か。その采配こそがマネジメントであり、チームの自律性と成長速度を決定づける。
「責任は俺がとる。好きにやれ!」
一見カッコいい、こんな啖呵を切ったことのあるリーダーも、おられるかも知れない。だが堀田さんによると、これまた「隠れた自己犠牲の入り口になりやすい」言葉だという。なぜか?
リーダーは責任を一手に請け負うことで、「何かあれば自分がかぶる」というプレッシャーを常時抱え込む。一方でチームメンバーは、「無形の安全毛布」にくるまれて本来必要な緊張感を失ってしまう。このアンバランスは一触即発、容易に破綻への道につながり得る。
だから上記の通り、「リーダーが自己犠牲を手放し、部下とともにリスクを適切に分担する王道」を、勇気をもって切り拓くべきなのだ。映画のように安直な啖呵のカッコよさにとらわれては、いけないのである。
◆本質論~心理的安全性と勇気づけ
以上の議論を、筆者が主張してきた「リーダー人材育成・本質論」の視点で見直してみよう。
まず気づくべきは、「過度な献身」に走らねばならないほど、この自己犠牲リーダーは追い込まれている、という事実だ。八方ふさがり状態なのだろう、まことに可哀そうだ。
ならば問われるべきは、このリーダーの上司の責任ではないのか? 役員でも経営者でも、こんな部下の苦しみに気づけないとしたら、そこに問題の根っこがある(⇒上から下へ)。悩むリーダー側も、言いたいことが言えない。上司や仲間に相談できない(⇒下から上へ、横へ)。
そんな閉塞的な職場環境にこそ、問題の真因があるはずだ。この「真因」を辿って筆者は、本コラムシーズン1/第7回*1で明確に書いている。キーワードは「心理的安全性(サイコロジカル・セーフティ)」である。
心理的安全性は、「チームの誰もが非難される不安を感じることなく、ネガティブなことでも、自分の考えや気持ちを率直に発言でき、行動に移せる環境」などと定義される。「たとえ弱音を吐いても、このチームのメンバーは、大丈夫、受け止めてくれる」という相互信頼感が醸成されているのか否か。それがチームの生産性や会社への貢献度を左右する、最大の心理的要因だった――グーグルが労働改革プロジェクト「アリストテレス」で、そう実証している。
この悩めるリーダーの職場には、心理的安全性が、ない(or 弱い)。だから愚痴もこぼせず相談もできず、増えた仕事を1人で背負い、自滅していく……なんと悲しい職場であろうか? そんな職場を、物流分野から一掃しなければ!というのが筆者の決意である。ではこのタコつぼ状況から、私たちはどうすれば脱却できるのか?
それには「組織」と「人」の両面アプローチが必要だ。組織・制度面からは、チームマネジメントや心理的安全性の確保に向け、関連企業が様々な手法を開発している。先の参考図書にも<「自己犠牲」のループから脱却する7つのステップ>他が書いてあるから、ご覧いただけばよい。しかし「やり方」だけを表面的に学んでも、現実の変革につながるとは限らない。
筆者がここでこだわるのは、本質論である。些事を払って問題の本因を突き詰めた時、私たちが直面するのは……「人」の課題だ。リーダーの人格、人間性である。
シーズン2/第4回*2で解説した図表2「人材育成の対象と3層構造」において筆者は、人材育成で習得されるべき要目として(1)知識・技術、(2)姿勢・意欲に加え、(3)使命感・決意/パーパス層を定置した。この本質視点から、職場に心理的安全性を確立するための必要条件の核心に、以下のような使命感・決意に至る「リーダーの人格陶冶」を置く。それが私の提案だ。
「働く人たちを心から大切にし、物流と地球社会環境の持続可能化をわが使命とし、
そのために社内他部門や上司、社外の仲間たちとのオープンな連携・協働に日々努める」
この人格練磨への挑戦プロセスを、筆者は「人間性革命=Humanity Transformation:HX」と命名し、DX(Digital Transformation)、GX(Green Transformation)と合わせて推奨している。ちっぽけな自我の殻をこじ開け、破り捨て、社会・世界の中に存在意義を見出す。それらを1ミリでも前進させることに、わが一生のパーパスを発見する。
リーダー以前に、上司である役員や社長自身がHXを果たしていることが望ましい。組織は自ずと、トップの人格の拡張コピーとして成長していくからだ。だがもし今、現場リーダーが閉塞感の中に取り残されていたとしたら、上司や組織はまだ、その段階にはないのだろう。
諦めてはいけない。まずは気づいたあなたが1人、立ち上がることである。部下たちの成長を真摯に祈り願って励まし、勇気づけて一歩また一歩、組織を活性化していく。あなたがそんなリーダーに成長できれば、部下や仲間たちは職場へのエンゲージメントを回復し、「この職場・会社で働き続けたい!」と定着し、頼れる戦力になってくれるだろう。
その成功が組織の評価を得られたなら、横展開も視野に入る。あなたの決意、一念が現場と組織を変え、時には産業界、地域社会をも変えていく。歴史はそうしたリーダーたちの苦闘と改革の積み重ねなのである。自分は変えられる。ならば、世界は変えられる。
私は皆さんの奮闘を、心から期待している。
(注)
*1/菊田、『給与を上げれば人手は確保できる?それでも人が辞める会社に足りない「心理的安全性」』、https://www.okabe-ms.co.jp/support/knowledge/ogistics-column-07
*2/菊田、『“叱るな/ほめるな/教えるな”…ってそれ、ほんと?~驚きのアドラー人材教育論を検証する~』、https://www.okabe-ms.co.jp/s2-logisticscolumn04
(つづく)
著者紹介

菊田 一郎 (きくた いちろう)
エルテックラボ 代表/物流ジャーナリスト。1982年、名古屋大学経済学部卒業。物流専門出版社に37年勤務し月刊誌編集長、代表取締役社長、関連団体理事等を兼務歴任。2020年6月に独立し現職。物流、サプライチェーン・ロジスティクス分野のデジタル化・自動化、SDGs/ESG対応等のテーマにフォーカスした著述、取材、講演、アドバイザリー業務等を展開中。2017年6月より大田花き社外取締役、2020年6月より日本海事新聞社顧問(20年6月~23年5月)、同年後期より流通経済大学非常勤講師。21年1月よりハコベル顧問。
著書に『先進事例に学ぶ ロジスティクスが会社を変える』(白桃書房、共著)、『ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト「ロジスティクス・オペレーション3級」』(中央職業能力開発協会、11年・17年改訂版、共著)など。


