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”叱るドランカー”のパワハラ上司に現場を仕切らせる?~アブナすぎる、このカン違いを放擲せよ!~
![物流ジャーナリスト・キクタの連載コラム
<あるある! 物流カン違い/シーズン2>
~人材施策編[3]~](https://www.okabe-ms.co.jp/wp-content/uploads/logistics-column-season2-main03.jpg)
◆叱って「処罰感情」を満たすと快感が
前回は、『叱れば人は成長する、という思い込みは、カン違いだ!』という筆者と友人の体験的確信を、いくつかのエビデンスと合わせ提示した。続いて今回は、前稿でも引いた村中直人著「〈叱る依存〉がとまらない」*1から、もう1つのキーポイントを抽出する。
同氏が本書を執筆する契機になったのは、「誰かを罰することで、脳の報酬系回路は活性化する」という脳科学研究報告に出会ったことで、これだ!と直感して猛烈に研究を始め、成果をまとめたのだそうだ。なるほどで、この文脈から筆者はとくに以下の説に注目した。
*悪いことをした人に罰を与える『処罰感情の充足』は、人間にとって非常に魅力的な『報酬』の1つ。米『サイエンス』誌に掲載された研究(The neural basis of altruistic punishment、Science 305, 2004)によると、ルール違反を犯した相手に罰を与える体験をすると、報酬系回路の主要部位の1つ(背側線条体)が活性化することが報告されている。
*怒りの感情を背景に、その行為が何らかの復讐の機会となっている場合に、報酬系回路の活動がより高まる/単に相手を苦しませるだけの行為でも、人は気持ちよくなったり、充足感を得たりすることがある/相手が反応し萎れると自己効力感を得られ、満足する。
*少なくない数の人たちが、叱ることを自分の意志ではとめられなくなっている。
(以上、趣意)
……これは、恐ろしいことである。上司はそれが正義だからと部下の不行き届きを叱り、罰していたはずが、いつか怒りに任せて相手を叱りつけ、苦しませること自体が嬉しくなってしまう? こんな輩を、「しっかり叱ってくれてるから、現場はアイツに仕切らせときゃいいだろ」などと無責任カン違いで放置していたら、大変なことになる。
人が脳科学的な「報酬」の快感に酔い、溺れて、「叱る」を止められなくなってしまう……村中氏はこれを「叱る依存」状態と名付けた。そして親友の実体験を知る私は、この類の輩を「叱るドランカー」と呼ぶことにした。友を苛み続け、苦しめ抜いた独裁トップの姿は上の報告とあまりにも合致しており、より強調して世に警鐘を鳴らすべきと感じたからだ。
……これは、恐ろしいことである。上司はそれが正義だからと部下の不行き届きを叱り、罰していたはずが、いつか怒りに任せて相手を叱りつけ、苦しませること自体が嬉しくなってしまう? こんな輩を、「しっかり叱ってくれてるから、現場はアイツに仕切らせときゃいいだろ」などと無責任カン違いで放置していたら、大変なことになる。
人が脳科学的な「報酬」の快感に酔い、溺れて、「叱る」を止められなくなってしまう……村中氏はこれを「叱る依存」状態と名付けた。そして親友の実体験を知る私は、この類の輩を「叱るドランカー」と呼ぶことにした。友を苛み続け、苦しめ抜いた独裁トップの姿は上の報告とあまりにも合致しており、より強調して世に警鐘を鳴らすべきと感じたからだ。
◆「叱るドランカー」の恐るべき実態
友の話を聞いた私は当初、仕事上のささいなきっかけからなのに毎日、なぜそんなに長時間、人を叱り続けられるのか? 仕事に費やすべき大事な時間とエネルギーの浪費に、経営者ともあろうものが、なぜそこまで無関心でいられるのか? と、疑問で仕方なかった。
それが上記の学説で、一発氷解した。まさにその通りなのだ! あの偏執トップは社会的にはサイコパス/ソシオパス(前回参照)であり、脳科学的には処罰感情充足・自己効力感の魔酒に溺れ浸った「叱るドランカー」だったのだ! 報酬系回路が活性化しドーパミンが出まくっているから、快感がエンドレス、老人なのに疲れも感じないわけだ。すべて辻褄が合う!
ちなみにこの鬼CEOは、実務執行をすべてCOOの親友に委ねたと外面的には装いながら、最終権限は何1つ手放さず、仕切り続けた。社の意志決定はすべて自分で行いながら、その決定により問題が発生したら、すべてをCOOの責任に転嫁した。卑怯・卑劣も極まれりである。
友人が「毎日1-2時間は叱られていた」と言ったとき、私は「そんな長い間、いったい何の文句を言われていたの? 話のネタが、さすがに毎日は続かないだろ?」と思わず聞いた。すると彼は、「話はだんだん仕事から離れて、際限なく広がっていくんだ……」と、教えてくれた。
仕事ネタが尽きると、「お前のご両親はなあ……」と知りもしない親兄弟にまで遡って、作り話を広げて彼の育ちや人格を非難し始める、というのだ。毎回、角度を変えて。親を難詰とは、古今東西、最も深刻な侮辱に値するのではなかったか? 「やめられない・止まらない」で延々と続く話は、必然的にエスカレートしていく。その果ての結論は、時に「お前なんかに社員は誰もついて行かん!」「お前の代わりなんか、いくらでもいる!」と、彼の人格と存在意義の「完全否定」にまで至ったという。極限のパワハラである。ただ鬼男は、現実にこの会社の顧客に価値をもたらし、つなぎ止めているのは友の力と信用であることを薄々感じていた様子で、本当に辞められたら困るので毎度、口先だけのフォローは忘れなかったらしい。姑息千万である。
……そんな友の言葉を思い出すだけで、苦しくなってくる。これが、役員昇格後からの前駆的攻撃期間を含めると約10年、彼がCOOになり上のごとく激甚化してからで3年、続いたのだ。もちろん「叱り」の矛先は他の従業員にも及んだが、すべての責任を転嫁できる便利な友に、攻撃は集中した。ついに、心と体が崩れ落ちてしまったのも無理はない……どころか、よくもそんなに長い間、頑張り続けたものだ。彼は誠実さと「会社と社員を守る」責任感の塊なのだ。
でも病疾で「強制終了」となったからこそ、彼は休養を経て復活することができた。「もし、後しばらくあんな地獄の日々が続いていたら……」といったん黙した友は、やがて重い口を開いた。「たぶん、自分で命を絶っていたと思う……」
これを聞いた時。私はそこまで追い詰められていた友の真実を推し量れず、何の力にもなれなかった不甲斐なさに心底恥じ入り、落涙した。だからこのテーマを書き始めたという経緯は、前回記した通りである。
あの酩酊者(ドランカー)は彼と彼の人生を破壊し切る、まさにその土俵際まで「叱る」を止めなかった。あとひと突きのその一瞬、実行の全指揮を執っていた彼が、こつ然と姿を消す――普通なら、仕事が回らず、信用は落ち、業績急落で事業は危機に陥ったことだろう。だが現実は、友がCOOとしてがっちり敷いていた強固なレールと事業枠組みの上で、後輩が見様見真似で仕事を引き継いでくれたこと、軌道に乗るまで友が在宅でそれを支え続けたこと。加えて幸運にも、その直後に顕在化した業界の人手不足が事業ニーズに追い風を送り始めたことで、最悪の事態を回避できたのだった。だから、これは例外だ。通常ならこの「叱るドランカー」は、有為の人材と組織・仕事をも破壊していたはずである。

◆「叱るドランカー」にならないために~[1]加害者視点
さて後半は「叱る」の[1]潜在的加害者、[2]同被害者と双方の立場から、「では、どうすべきか?」の建設的な話を進めたい。本稿は基本、物流リーダー論だから、部下を持つ読者が主と想定しているが、上司も部下ももつ「被害者兼加害者候補」もおられよう。潜在的には、自分がどちらになる可能性もあることをまずは自覚し、該当部分を身に引き当ててほしい。
[1]事前防御策/依存リスクを肝に銘じ、人間性革命(HX)
前項までにみた加害ケースは、レアな極端事例と思いたい。ただし一般に社長・経営陣や、その部門・拠点を任され一国一城の主である上位リーダーには可能性として、「叱るドランカー」に堕するリスクがより大きい。「叱ると、皆が私の言うことを聞く」という全能感の魅力は、実に強烈だからだ。あの全能感に酔い痴れた某国トップの醜態を見るがいい。
それを回避するため最大の事前防御策として、まずはこの事実、「叱り続ける人は、処罰感情と自己効力感の充足に酔い痴れて<叱る依存症=叱るドランカー>に陥る可能性がある」ことを強く、肝に銘じてほしい。問題の存在を認識せずして、問題を回避することはできないからだ。
前回述べた通り、部下の不適切行動を目にしたリーダーのなすべきは、叱らずに「冷静な注意で気づきを促す/諭す/指導する」ことである。次回詳しく見る予定の著名な心理学者・アドラーも「叱るな」と主張するが、その理由は「勇気づけこそ必要であり、叱ることは<勇気をくじく>ことになる」からだとしている*2。「感情的に発火する=<叱る>ことを自制する胆力」を、リーダーたるもの、磨かねばならない。
筆者自身を含め思い当たる人も多いと思うが、簡単なようで、「叱らない」ことはなかなか難しい。だがパワハラ抑止と従業員エンゲージメント向上による人材定着が企業ガバナンスの重要課題と認知される今、不断の努力が必要だ。こうしてリーダーが自分の人間性を革命的に進化・深化させる努力の過程を、筆者は「人間性革命=Humanity Transformation(HX)」と呼び、DX/GX等と合わせて推奨している。ぜひチャレンジしてほしい。
[2]事後対応策/依存への陥落を回避
とは言え危険回避など必要な時もあり、全く叱らないというのも現実には容易でない。やむなく「叱る」の迷宮に一歩立ち入ってしまった後でも、「意志の力で依存を回避する」ことが次のマスト課題になる。
村中氏は「依存症(アディクション)」の定義として、「快情動を生じる物質の摂取や行為などを繰り返し行った結果、これを求める耐え難い欲求が生じ、これらを追い求め、これらがないと不快な症状を生じてしまう状態」という「依存症脳科学辞典」(菅谷渚、池田和隆)の定義を引いている。薬物などの依存性物質だけでなく、「叱る」やギャンブルなどの行為もまた、依存症(という心の病)を引き起こすのである。
その回避策に関し村中氏は、「依存症に陥る契機・原因の1つ」として「現実からの一時的逃避」動機を挙げる。「耐え難い苦痛を抱えているから、それを和らげてくれるものに依存する」経路があるのだ(自己治療仮説)。ならば、その「根本原因をなす苦痛」こそを排除せねばならない。
皮肉な話だが、その原因が実は「上司からの叱責による苦痛」だったりすることも、「あるある」だろう。「叱る」は組織の序列階層をまたぎ、上から下へと「遺伝/連鎖」するのである。企業トップにさえ、「アクティビスト投資家」「お上」などの上司的存在があるのだ。
もしそうだったとしても、自分の使命と責任を自覚したあなたは、この「地獄の<叱る>連鎖」を断ち切らねばならない。他の苦しみを部下や家族にぶつけて叱ったって、何の問題解決にもならない。意志の力で、あなたの手元で、断ち切るのだ!
◆「ドランカー」から叱り続けられたら~[2]被害者視点
[1]当事者に学ぶ「辞める」決断
では「叱るドランカー」の被害者になってしまった時、どうすべきか? ここでも実被害経験者の述懐に耳を傾けよう。「そんな会社、なぜ一刻も早く辞めなかったのか、とみんな思うかも知れない。だけど……」と親友が挙げた理由は、まことに切実なものだった。
まず、生活がある。彼が苦しみの渦中にあった当時は景気が停滞し、とりわけ中高年の再就職には厳しい環境だった。経営者としての未来を確信できた頃に購入した、住宅のローンも抱えていた。半面、雇用保険対象外であり、失業リスクをとる決断は容易でなかった。
そして仕事。彼は業務企画と執行を一手に担う反面、後継者の準備は完了していなかった。これも「あるある」だが、責任感に溢れるあまり、彼は部下に任せてできなかった業務を1人、毎週、休日返上でリカバーしていた。また彼は業界の協調と連携推進の大志を抱き、多数の有力顧客が彼の使命感に共鳴し、信頼し、協働してくれていた。「それを投げ出すのは無責任。辞めるわけには行かない」と思い詰めていたのだ。
そんな彼も、現実に業務継続不能となり、土俵を下りた。結果としては、不幸中の幸いで仕事も生活も護られた。だがカミングアウト決断の直前まで、彼は迷い続けていたという。「とにかく、逃げることは、卑怯だと思っていたんだ」……彼の実直な性格を知る私には100%理解できる。
「でも病状が劣悪化したある日、『このままだと、俺、死ぬな』と思った。その時やっと、『俺にも死なない自由はある』と気が付いた。だからすべてを会社に打ち明け、辞めたんだ……」
もしも今、「叱るドランカー」に心身を絡めとられ、身動きならなくなっている人がいたとしたら――心を空っぽにして彼のメッセージを聴きとってほしい。
「逃げていい。恥ずかしいことじゃない。卑怯でもない。自分の命と、家族と、仕事を守るための、それが責任ある最適な判断になる時がある。〈逃げる〉は立派な戦略。負けじゃない!」
[2]訴える/許さない・放置しない
では「訴える」については? 友のパワハラ被害は完全に犯罪の要件を満たすように思える。辞めた事後の話だが、友も考慮はした。だが係争には時日を要する。それよりも、加害者との係わりを今すぐ、金輪際、断ち切ることを最優先とし、彼は法的手段を採らなかった。
生命の危機にまで追い込まれた友にとっては、やむを得ない決断だったと思う。だが一般論を言えば、こんな輩を放置すれば社会的害悪の放任につながる。断じて許すべきではない。
ゆえに、「訴える」ことが望ましい。提訴(民事)または告訴(刑事)である。「ドランカー」レベルの加害者であれば、「共感や良心が欠如」し「社会的なルールや規範を無視する」破綻人格保有者である可能性も高いから、直接交渉は無益。第三者と法を介すべきと思われる。
コンプライアンス部門が整った一定規模の会社であれば当該部門に、あるいは司法に、パワハラの証左を整えて訴える(この場合、顔も見たくない相手となお一定期間関与し、交渉を続ける重荷への覚悟は必要だ)。近年は事例・判例も重なり、エビデンスが明示できれば訴えが実を結ぶ確率は十分ある。対して友のいた個人独裁企業では、トップを裁くコンプラ対応など望むべくもない、という悲しい背景もあったのである。
<参考文献>
*1/村中直人、「〈叱る依存〉がとまらない」、紀伊國屋書店
*2/小倉広、「アドラーに学ぶ部下育成の心理学」、日経BP
(つづく)
著者紹介

菊田 一郎 (きくた いちろう)
エルテックラボ 代表/物流ジャーナリスト。1982年、名古屋大学経済学部卒業。物流専門出版社に37年勤務し月刊誌編集長、代表取締役社長、関連団体理事等を兼務歴任。2020年6月に独立し現職。物流、サプライチェーン・ロジスティクス分野のデジタル化・自動化、SDGs/ESG対応等のテーマにフォーカスした著述、取材、講演、アドバイザリー業務等を展開中。2017年6月より大田花き社外取締役、2020年6月より日本海事新聞社顧問(20年6月~23年5月)、同年後期より流通経済大学非常勤講師。21年1月よりハコベル顧問。
著書に『先進事例に学ぶ ロジスティクスが会社を変える』(白桃書房、共著)、『ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト「ロジスティクス・オペレーション3級」』(中央職業能力開発協会、11年・17年改訂版、共著)など。







