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“叱るな/ほめるな/教えるな”…ってそれ、ほんと?~驚きのアドラー人材教育論を検証する~

◆ほめてやらねば、人は動かじ?
「叱るな/ほめるな/教えるな」とは、著名な個人心理学者A.アドラーが、人材教育の基本方針として、「本当に」語ったことである*1。古来、当然の人材育成法と思われてきた「叱る/ほめる/教える」を全部、ひっくり返す主張だ。え?それって……マジか?(あるあるカン違いじゃないの?)と思いませんか?
なにせ、われわれ日本のおじさんビジネスマンは、「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」という、山本五十六(旧日本海軍連合艦隊司令長官)の言葉*2を金科玉条のように奉じてきた世代である。実体験でも、確かにそうだよな、と思い込んできた。
ところでこの言葉には続きがあるそうで、合わせてこんな三連歌だったとされている。
やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ
→ティーチング(指示・命令)
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず
→コーチング(支持・支援)、勇気づけ
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず
→エンパワーメント(権限移譲)、勇気づけ
初動、育成、結実の3ステップを踏んでいるのも見事で、実にシンプルかつ包括的な教えになっている。右に太字で入れたのは、クエスチョンサークル代表取締役の宮本寿氏がnoteでそれぞれに現代人事用語を対応させていたもの。なるほど!と思ったので引用させてもらった。ただし「勇気づけ」はアドラー理論から筆者が追加した(つまり第二句第三句はアドラーの教えとも共振するのだ)。これを含め、モダンな人材育成論にもそのまま適合する箴言に思える。
それなのに……アドラーは上の第一句に反し、「ほめるな、教えるな」と言っている??
「叱るな」は過去2回にわたり私自身も書いてきたことで、そのまま同意できる。アドラーはやや角度を変え、彼が重視した「勇気づけ」に反する逆行動だから/それは相互信頼を断ち切る行為だから、「叱る」を否定している。「相手が自分の力で課題を解決するように支援する、”勇気づけ”を行うこと」こそがアドラー教育論の核心なのである。
ではなぜ、「ほめるな、教えるな」なのか? 今回はこのテーマを深掘りし、私たちの「目からウロコ」を取り払うことにしよう。
* * *
<解説>アルフレッド・アドラー(1870~1937)はオーストリアの精神科医、精神分析学者、心理学者。フロイト、ユングと並んで現代のパーソナリティ理論や心理療法を確立した巨人の1人である。アドラー心理学は、その人となりを形作った幼少年期の記憶・体験にさかのぼって人が抱える問題を把握し、分析する精神療法を実践した*3。このためアドラーの著作は教育問題や性格分析ほか生き方論一般にフォーカスしている。それが後年、欧米で会社組織論・人材育成・リーダーシップ論へと応用展開され、「自己啓発の源流」と呼ばれるほど普及した。これを受けて国内でも企業の人材育成論ほかに応用した著作が多数登場し、ブームになったから読んだ人もおありかと思う。
そうしたビジネスマン向けアドラー本の中で筆者がとりわけ注目したのが、「叱らない/ほめない/教えない」テーマを切り出した小倉広著「アドラーに学ぶ部下育成の心理学」*1である。以下、本書の要点を咀嚼しつつ、筆者の主張へと敷衍していく。
◆「ほめる」に潜む“上から目線“
なぜ、ほめてはいけないのか? アドラーの教えによると、第1に、「ほめることは“上から目線”の行為であり、相手の自立心を阻害し、依存的な人間を作る」からである。ほめられ慣れた人は、「ほめられるため」に頑張るようになる。自立・自律せず、ほめられることに依存する人間を作る危険性があるというのだ。能動と受動の違いはあるが、前回述べた「叱る依存」**と同じ構造である。
** https://www.okabe-ms.co.jp/s2-logisticscolumn03
第2に、「ほめることは、“上下関係を刷り込むこと“になる」からである。「私は君より目上なのだ」と上下関係を固定する機能を持ってしまうのだ。そんな職位はあくまでも会社組織内の便宜的な序列でしかなく、人間1人ひとりの尊厳に差別があってよいわけがない――アドラーの平等な人間観に、私はもろ手を挙げて賛同する。
確かに業績を上げたからと、部下が上司を「部長、よくやりましたたね!」とか、ほめるのはヘンだ。そう感じること自体、「ほめる」が「上から目線」を内包する言葉であることを示している。
私たちの多くは、「上司が部下をほめるのは当然」と思ってきたのではないか? だがアドラーは、親が子供をほめることも(一定の年齢に達してからは)、同様に否定する。「それは親が子供をコントロールしようとすることだから」というのである。大人だろうが子供だろうが、人はコントロールされることを基本、厭い、拒絶する。では、どうすればよいのか?
アドラーが推奨するのは、“上から目線の「ほめる」”ではなく、“横から目線の「勇気づけ」“である。勇気づけとは先述の通り、「相手が自分の力で課題を解決できるよう支援すること」。また「相手が困難を克服する活力を与える」こと。励まし・激励と言ってもいいだろう。「叱る」は真逆の「勇気くじき」そのものである。
成果を上げた部下にかける言葉の例として本書では、あなた(You)を主語にして「よくやった!」とほめるのではなく、「いやあ、すごいね!」「私も嬉しいよ!」など横から目線で、自分(I)を主語にして、感謝などの主観や感想を伝えることだと主張する(Iメッセージ)。
そうは言っても、「ほめる」と「勇気づけ」を完全に区別しきれない場合もありそうだ。だからリーダーは常に、「部下を勇気づけることが上司の役目」という基本姿勢を肝に据え、何よりも大切な「相互信頼感」の獲得に努力すべき、ということで良いかと思う。なおアドラーは「甘やかし」についても、「相手が自分の力で課題を解決する機会を奪ってしまう」として否定している。
◆「教える」も上から目線?
本テーマで皆さんが一番疑問に思うのが、「教えるな」であるに違いない。「そ、そんなこと言ったって……新入社員に業界知識とか社内ルールとか、山ほど教えなきゃいけないじゃん!」……おっしゃる通りで、私も「??」と興味を引かれて読み進めた。本書によればアドラーが言うのは、「何ひとつ教えてはいけない」ということではなかった。ただ、「自分の頭で考え、自分の意志で行動する社員を育てたいなら、指示や命令を通じて問題の答えを初めから言ってはいけない。あえて教えずに空白を作り、その空白を自分で考えて埋めさせることが、人材育成の本質」だというのである。
このことを端的に理解できる着眼点が、「ティーチング」と「コーチング」の違いだろう。本書から対照表(図表1)を引用し説明する。
図表1 ティーチングとコーチング

*小倉広、「アドラーに学ぶ部下育成の心理学」掲載図より筆者加工
物流の仕事や業界・顧客の基本知識、ITを含む業務知識・技術等は基本、教室型やマンツーマンの「ティーチング」で一方通行的に教えることでいいだろう。これに対し次の育成段階における「コーチング」は、双方向。コーチは教える以前に質問を投げかけ、クライアントの発話・思考を促し、それを支援する。アドラーの言う「教えず育てる」人材育成法は、このコーチングに近いものということだ。「上司が何でも教え・指示し・命令し・仕切ってしまうから、部下が指示待ち族になってしまう」というイタい現実には、思い当たるリーダー諸氏も多いのではないか。
ただし「教えない」ことは「放置」ではない。細かに教えることは部下の成長を阻害するから避けるべきである一方、上司は部下の成長を勇気づけるためのサポートを欠かしてはいけない。本書が薦める手順は、[1]共にゴール設定を行う(What)、[2]いつまでにどう成し遂げるかは余白を作り、自分で考えさせる(by When/How)、[3]部下から支援要請があれば、応える(支援応需/ただしこの姿勢をとることを予め部下に伝え理解を得ておく)――という流れである。
* * *
◆知識・技術と姿勢・意欲、そしてパーパス
さて、こうして部下を育成することで、私たちはどんな成果を得ようとしているのだろうか。本書では「人材育成の対象は、[1]知識・技術(商品知識、業務技術、論理的思考など)、[2]姿勢・意欲(自発性、主体性、責任感など)の2つに分類できる」としている。おおよその理解としては①をティーチング、②をコーチングの主な対象エリアと考えてよいかと思う。
座学やOJTで学べる「知識・技術」が必要なのは当然だが、それを支える基礎部分として、「姿勢・意欲」を明示したことは大いに評価したい。これがまさに、アドラーが教育で目指したことで、姿勢・意欲を醸成できれば、上司がつど教えなくとも部下は自発的に学び、成長していく。これが「教えない人材育成」の極意である。逆に意欲がなければ、いくら「知識・技術」を詰め込んでも咀嚼・消化されない。意欲を高めるのに最も効果的なのが、「勇気づけ」なのだ。
だが、これでもまだ不十分だと私は思う。(1)を上層部、(2)を中層部として、さらに③下層=基底部を付け加えることを提案したい。図表2を見てほしい。
図表2 人材育成の対象と3層構造

*小倉広「アドラーに学ぶ部下育成の心理学」掲載図を参考に筆者が追記し作成
私が追加したのは(3)使命感・決意/パーパス(モチベーションの源泉)層である。②姿勢・意欲を高めて[1]知識・技術を身に着ける。それはよろしいのであるが……その意欲を倦まず弛まず、高く保ち続けることは、なかなか容易でないはずだ。
ところが、だ。「そもそも何のため」と根底に使命感・決意、そしてパーパスを持つ人は、強い。波風を受けても、崩れない。私事で恐縮だが筆者自身、個人ジャーナリストとして独立してから「物流と働く人、産業社会・地球環境のサステナブル化を鼓舞し・触発する」というパーパスを立て、業務に没頭している。どこかのアホ独裁者が「化石燃料を掘りまくれ!」「地球温暖化なんて詐欺だ!」「○○人は犬を食べている!」とかの迷妄発言をいくら重ねようと、逆にふつふつと闘志をたぎらせ、使命感という源泉から湧き出るモチベーションが絶えることはない。誰に何を言われずとも日々、あらゆるチャネルで学び続け、原稿を書き続けている。
アドラー教育論から発展させた以上の文脈で、筆者の思いを結論しておきたい。物流リーダー(候補)の皆さんが、たとえばこんな決意を固めてくれたとしたら、こんなに嬉しいことはない。
働く人を大切にし、育てて定着・戦力化し、 (手段/部門目標)
物流と地球社会の持続可能化に貢献するために、 (全社パーパス)
当社事業の拡大と持続可能化に挑戦しよう! (全社目標)
それぞれの立場でのご健闘を、心からお祈りしている。
注記/参考文献)
*1/小倉広、「アドラーに学ぶ部下育成の心理学」、日経BP
*2/出典は特定できないが、山本の言葉であることが定説とされている。
*3/A.アドラー、「人間をかんがえる アドラーの個人心理学入門」、河出書房新社、山下肇・山下萬里
(つづく)
著者紹介

菊田 一郎 (きくた いちろう)
エルテックラボ 代表/物流ジャーナリスト。1982年、名古屋大学経済学部卒業。物流専門出版社に37年勤務し月刊誌編集長、代表取締役社長、関連団体理事等を兼務歴任。2020年6月に独立し現職。物流、サプライチェーン・ロジスティクス分野のデジタル化・自動化、SDGs/ESG対応等のテーマにフォーカスした著述、取材、講演、アドバイザリー業務等を展開中。2017年6月より大田花き社外取締役、2020年6月より日本海事新聞社顧問(20年6月~23年5月)、同年後期より流通経済大学非常勤講師。21年1月よりハコベル顧問。
著書に『先進事例に学ぶ ロジスティクスが会社を変える』(白桃書房、共著)、『ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト「ロジスティクス・オペレーション3級」』(中央職業能力開発協会、11年・17年改訂版、共著)など。







